「寂しい」と向き合う
- 新潟 ねこ

- 2025年12月4日
- 読了時間: 2分

私は週に1回「訪問看護」をお願いしていますが、意外な話を聞きました。
1月1日に訪問に来てほしいという方が結構いるらしいのです。
理由は「誰にも会わなくて、寂しいから」だそうです。
ちょっと言葉がありません。
「寂しさ」は精神疾患ではありません。
私たちは、子供の頃から「勉強しなさい」と言われています。
私は「お受験戦争」時代の人間なので、つらくても勉強しました。
しかし、勉強の目的は本来「受験」ではないはずです。
私は、勉強というのは「教養」を身に着けるためだと考えます。
現代文が出来なければ難解な本は読めません。
外国語が出来れば映画の微妙なニュアンスが伝わってきます。
今は亡き、中島らもが言っていました。
「一人の時間をいかに充実したものにするか、その時に必要なのが教養だ」
まあ、本人は酒に溺れていたので説得力を感じない人もいるでしょうが。
「寂しい」というのは現代人の性です。
皆、誰かとつながっていないと不安で仕方ないようです。
孤独は誰にでもあります。病気ではないです。
ある人は、「死にたくなったら本を100冊読め」と言います。
ちょっと極端にも思えますが。
寂しい人はかわいそうではありません。
むしろ、自分と向き合うチャンスだと思って行動してはいかがでしょうか。


