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意欲の低下

  • 執筆者の写真: 新潟 ねこ
    新潟 ねこ
  • 2025年12月16日
  • 読了時間: 3分

「意欲の低下」は、精神科医の診断書や薬の説明書でよく見かけるワードです。

「なんとなくやる気が起きない」というのは、誰にでも起こる事です。


私は大学生の時に「やる気のなさ」に直面しました。

「なんか今日はやる気ない」+「今日もやらなくていいか」+「どうもやる気にならない」

と続き、やらないことに罪の意識を感じるようになりました。

今思えば、自分の専攻分野に興味がなくなっていたのです。

そこで割り切って「卒業するまでやる」か「専攻を変える」かすれば良かっただけなのに

若さゆえか、考え込んでしまいました。

そして、精神科へ行くことになります。


現在、精神科への道はもっと身近になりました。

本人が考える間もなく、周りがクリニックへ連れていくこともあります。

確かに、医療が必要な人もいます。


ただし、クリニックへ行って「病気です」と言われ、

薬を飲むようになった日から「意欲の低下」は足し算的ではなく

掛け算的にひどくなっていきます。

薬が脳に「休みなさい」と命令するからです。

薬を飲んで、日常的にモチベーションが上がったという話は聞いたことがありません。


これは、薬を飲むなという事ではなく

「意欲の低下」は本人の気持ちでコントロール出来るものではない。

ということです。

決して怠けようと思っているわけではありません。

頭と体が「休め」になっているのです。

そこを自分の気力だけで挽回するのはかなり大変な事です。


この感覚は当事者にならないと理解できるものではありません。

ですから、周りからは「努力不足」と思われることもしばしばです。

確かに、時間は過ぎていきますから周りは心配になります。

周りに出来ることは、待つ辛抱と、たくさんの選択肢を提示する事です。

いきなり「働いて欲しい」等とはゆめゆめ考えてはいけません。

何故なら、無理だからです。


本人も「このままではいけない」と思っています。

どうしたらいいのか、ネットで検索していると思います。

ですから、金銭的に実現可能な選択肢を用意するのです。

金銭的に、というのは残念ながらいつも付いてまわります。

世帯分離をして、生活保護を受給する、という選択肢しかない人もいます。


しかし、それが不幸だとは限らないのです。

個人や周りが持てる力以上の生活を送ることは出来ません。

そもそも、「幸せ」という掴みどころのないものについて

当事者と一緒に語り合ったことはありますか?


少々話が脱線してきましたが、「意欲の低下」に惑わされてはいけません。

必要なのは薬ではなく、コミュニケーションかもしれませんよ。


 
 
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